ここは東京郊外の閑静な住宅街。いまだ怪獣の襲撃を一度も受けたことのないこの街は、明治時代の文豪の住まいや、近代文学館などで知られた、緑豊かな美しい街だ。
そんな街に住む初老の芸術家・高島画伯は、毎朝近くの公園を散歩しながら、移ろい行く季節の風景を写生するのを日課としていた。

そんなある日の朝、高島画伯は公園で不思議な婦人に出会った。婦人は腕に怪我をして血を流していた。画伯は婦人に歩み寄ると、持っていたハンカチで止血をし、婦人をベンチで休ませた。
美しい婦人の横顔に、はっと息を飲む。芸術一筋に生き、独身を貫いてきた画伯はこの瞬間、婦人一筋へと人生が変わったのだ。
「私の絵のモデルになってくれませんか」
画伯は次の日もここで婦人に会う約束をし、それから毎朝公園で、婦人の肖像画を描くようになった。

その頃、日本中では、怪獣の目撃情報が相次いでいた。怪獣は、全身が若草色に包まれた美しい鳥の姿をしており、柔らかな光に包まれながら優雅に空を舞うという。
実は怪獣は、頻発する太陽フレアによって東京上空に発生した時空の裂け目から、この世界へと迷いこんできた異次元の生物なのだ。民間機と接触し、腕に怪我を負ったことも判明した。
夜な夜な怪獣は出現し、各地の農園や果樹園を襲い、作物に大きな被害をもたらした。
そして遂に日本政府は、害獣駆除の名目で自衛隊の出動を決定した。

それから1週間後、画伯が精魂込めて描き上げた婦人の肖像画が完成した。画伯はある決意を胸に秘め、いつもの公園へと向った。小脇に絵を抱え、ポケットには婦人のために買った指輪を忍ばせて…
しかし画伯が見たものは、ぼろぼろの衣服に身を包み、全身がアザだらけになって現れた婦人の姿だった。
「あなたとも今日でお別れです。ずっとあなたと一緒に過ごしたかったけれど、私がこれ以上この世界にいると、地球の皆さんを不幸にしてしまいます」
全身が白い光に包まれる婦人。そして光の中から現れた若草色に輝く怪獣「妖鳥リラ」それが婦人の本当の姿だった。
怪獣となって空へ飛び立つ婦人。
「待ってくれ! 僕も連れてってくれー!」
それきり男の姿を見た者は、誰もいない。

よく晴れた夜に、星空を見上げてみて下さい。ひょっとしたら、婦人とそして、幸せそうに寄り添う画伯の姿が見られるかもしれません。

borane

(公開日:2012/02/26)